高齢ネコのコユキついに死す・・・22/04/08

足腰が衰え、目も不自由となり、エサも食べなくなっていたコユキがこの日の昼前、寿命がつきた。
以前4匹居た我が家のネコ達も病気や寿命で亡くなり、最後に残っていたネコだった。

21歳になったはずだが、以前から食が細くなっていて、4月に入った頃からほとんど食べなくなった。
食べないことには生きていけないので、これまでもいろんな種類の餌を買ってきて口元に持っていって試していたのだった。

新しいのは1度は食べても、次は食べなかったり、何日か間を置くとまた食べたり、いろいろだったが食べる量はごくわずかだった。
しかし、4日前から餌だけではなく水もほとんど飲まなくなってしまった。

そんな状態でも、夜中にネコ部屋の様子を見にいくと、ネコ部屋のドアの内側にうずくまっていたりするので、 自分の体調を心細く感じて人間の側に居たいのだろうと考え、僕が家に居るときは寝床ごと自分の部屋につれてきてベットの横に寝かせるようにした。

トイレにも行けなくなってるので、尿取りパットを敷いて寝かせている。
こんな姿で寝てることが多かった。
スポイトで水を口に含ませてみたらちょっとは飲んだようなこともあったが、もはや時間の問題と思うしかなかった。

8日の朝、5時ごろ自分がトイレに立って、また寝てから10分も経たないころ、ネコが「クー」だか「フー」だか声を出したので、起きて様子をみたが同じような寝姿だった。
朝方で寒くなったのかと机の下に仕掛けてあるこたつの中に入れてやったが、その後も間をおいて咳のようなくしゃみのような声を出したので2度ほど起きて様子をみた。

朝になって起きてからネコの様子を見ると、口の下に何か吐いたような茶色の汚れが少しあったので、吐いたものが喉につかえて咳が出てたのかもしれない。
妻も来てくれたので敷物を替えたりなどしてたら、ネコの体が冷えたのか咳を連続的にするようになってしまった。
人間も1階に降りていくので、ガラス越しに朝日が差し込んで暖かそうな玄関に寝床ごとネコを移してしばらく様子見てたら咳はおさまったのでちょっと安心。

でも、見るからにぐったりした感じで、もしかすると最後の時が迫っているようにも思えて、今日はテニスに行くのをやめて側に居てやることにした。


朝食後は、居間の日当たりの良い窓際に移動させて、自分はすぐそばに居ることにする。
ちょうどスマホの契約を変更したので、その設定作業をしていた。

コユキは眠ってるようだったけど、時々「クー」か「ウー」のような弱い声を発した。
その度に、「おーい、ここに居るよー、頑張れー」なんて声を返してスマホの設定作業を続けていた。

11時過ぎた頃に、妻が「目を開けたまま寝てるけど、大丈夫かな?」というので、さわってみるともう体がこわばっていた。
目は閉じてあげることは出来た。
最後にコユキが声を発したのは、たしか10時半をすぎたころ。
おそらく、その時が最後だったのだろう。

その時も、声だけは返したけど、すぐ側に居たのだからちょっと立って行って頭ぐらい撫でながら、最後の時をしっかり見届けてやればよかった、と少し悔いが残った。

座敷に移して、人間の場合そうするらしいので、北側を頭にして寝かせた。
妻が、ささやかながらお線香を1本立ててあげた。
そして、庭に咲いていたパンジーとハナニラの花を摘んできてコユキの周りに置いてくれた。
「安らかにネ。コユキ」
21年間、頑張って生きてきて周りの人間たちの気持ちを和ませる役割を最後までしっかり果たしてくれたネ。
晩年は足腰も目も弱って、生きていくだけで大変そうだったけど・・・
ごくろうさま。 ありがとう。

夕方、庭の樫の下に穴を掘って埋葬した。
ランの葉を敷き詰め、上にも被せてあげた。

すぐ横に3年前に亡くなったハナちゃんが眠っているので、向こうで仲良く遊んでネ。

このクリスマスローズの向こうにコユキが眠っている。


一時は4匹のネコが居てにぎやかだったが、この12年の間に1匹ずつ亡くなって、ついに居なくなってしまった。
コユキの最後の方は要介護状態だったので夫婦共々手が掛かって大変だったが、それだけネコのことを常に頭の隅に置いて行動していたので、ネコとの関係はかなり濃密だったと言える。
特に妻はコユキの便通改善のために、毎日注射器のようなものでオリーブ油を飲ませる役割を担なってくれていたので、ストレスも感じていたようだ。
ネコは意味が分からないので、嫌がって暴れるから大変だったと思う。

コユキの体調が悪くなってからの夫婦間の話題は、
 今日はエサ食べた?
 何食べたの?
 水は飲んだかなぁ?  とか
 豆粒ぐらいのフンが2つしてあったよ、
なんてことが多くなった。

留守にする時間帯の認識もお互いに共有するようになって、必然的に会話は多くなった。
コユキのおかげで家族の親密度が深まったともいえる。


しかし、ネコ達と一緒に暮らして一番楽しいのはやっぱり元気なネコと一緒に遊んだり、お互いの気持ちが通じてると感じられるときだ。

3年前、ネコがコユキだけになったころはまだ元気で、人間と一緒に食卓を囲んでいた時期もあった。
その後、だんだん足が弱くなってきたけど、しばらくは階段もゆっくりながら自分で上り降りが出来たので、家の中で自由にさせていた。
時には、外にも連れだして付き添いながら自由に歩かせもした。

でも、目が見えてない、と気づいてからは、階段から落っこちてケガすることを恐れて、再びネコ部屋のドアを閉じてしまった。
その代わり、出来るだけ人間の方がネコ部屋に頻繁に出向くようにしていたけど、コユキはどう感じていたんだろう?

元気だったころのコユキの姿を振り返って、ここに少し記録を残しておこうと思う。

2006年2月 見つけた内で一番古い写真 隣は兄弟ネコのユータ

2012年6月(那須高原) 外でコーヒー飲みながらパソコン立ち上げたら、「何してんの?」と寄ってきた

2012年7月 コユキの顔アップ

2013年4月 こ~んな大股でも歩けるよ

2013年5月 シロネコは緑に映えます

2014年4月 4月なのに雪積もっちゃたよー (那須高原)でも、丸々太ってるから寒くないね

2014年4月 切り株で爪研ぎしましょ、シャカ、シャカ、シャカ

2014年5月 「ニャー、ちょっと待っててヨー」

2014年5月 膝の上に乗ってきた

2015年6月 ベンチでお昼寝、気持ちいいわー

2019年9月 テレビに白ネコが出てきて、「あれ?自分じゃないよネ」

最後はユータとハナも健在だったころの那須のネコ部屋での日向ぼっこ(2012年3月)
薪ストーブ焚いてるから、外は雪があっても中は暖かいんだョ

こうして、振り返ってみると、懐かしい思い出がたくさん湧き上がってくる。
一番気持ちが通じ合えた体験の多いコユキがもう居ないと思うと、
やっぱり寂しい。




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2022年4月16日|ブログのカテゴリー:DIY